面白さの基準 - 『イノサン』と『Under the rose』
自分が面白いなと思う漫画や作品の基準が一個はっきりしたのでメモしておこうと思った。
簡単に言うと、
「古い伝統的な価値観を、現代的価値観によって浮き彫りにする」
またその逆に
「現代的な価値観を、古い価値観から浮き彫りにさせる」
ような作品は面白いと感じることに気づいた。
具体的に言うと、今読んでいる『イノサン』。
*注 まだ30話くらいしか読んでいないので、後から下記の解釈が破綻する可能性はあります
18世紀フランス、死刑や残酷な刑罰が「娯楽」でありフランス王政の権威の象徴であるという「常識」に対して、主人公シャルルが処刑人の後継者として運命を受け入れながらも死刑の残虐さに抗おうとするという内容だ。
この作品で取り上げられているフランソワ・ダミアンの八つ裂きの刑はフーコーの監獄の誕生(狂気の歴史だったかも。まちがえてたらどなたかご指摘ください)でも紹介されており、哲学・文学界隈では有名かもしれない。
当時の社会的な価値観を、現代的な価値観で相対化しつつ、その間で苦しむ主人公という図式はとても面白い。
もう一つ、少し時代は違うが紹介したい作品がある。船戸明里先生の『Under The Rose』(あんだろ)だ。
こちらは
冬の物語 : (1, 2巻前半)
春の賛歌 : (2巻後半 - 9巻以降も連載中)
そして後日譚(パラレルワールドの可能性あり)の
『Honey Rose』
と3つに分かれている。
3つすべて最高に面白い。今まで読んだ漫画の中で間違いなく3本の指に入る作品であるが、残念ながらハンターxハンター並に船戸先生がゆっくりとした連載ペースなので、なかなか巻数が進まない。個人的にはゆっくりでもかまわないので、ご本人が後々後悔されないような納得のいく内容で、最後まで書ききっていただきたい。
舞台は19世紀イギリス。現在未完の「春の賛歌」では、敬虔な牧師の家庭で育ったレイチェルが、絵に描いたような幸せな貴族の家庭ロウランド家に家庭教師として採用されるところから始まる。
レイチェルは優秀ではあるが、当時のイギリスでは女性で教職(ガヴァネス)はあくまで男性家庭教師(チューター)に劣る存在であり、子守やお針子のような側面も強かった。また、レイチェルは過去に勤めた家で雇い主からセクハラまがいのようなことをされて悪い噂が流れており、トラウマになっていた。
そんな中、ロウランド家の当主アーサーは、当時の価値観ではありえないほどリベラルな考え方の持ち主で、レイチェルを擁護してくれる。当時の価値観の代表的な存在でもある老家庭教師ミス・ピックに対しレイチェルが勇敢に反抗した時も、元公爵令嬢に一介の牧師の娘が反抗するなどありえない中、アーサーは擁護してくれた。
自分の書き方が下手なこともあり、ここだけ読まれた方は、よくある現代的価値観のヨイショ的な内容に見えてしまうかもしれない。しかしあんだろの面白いところは、ここからである。
アーサーは8人の子供がいるが、妻アンナが産んだのはそのうち4人。残りの4人は、別の女性に産ませた子供たちだ。アーサーは8人全員に分け隔てなく愛情を注ぐが、敬虔なレイチェルの価値観からすればありえない状態だ。その価値観を受け入れるわけでも否定するわけでもなく、レイチェルは今後起こる彼女への悲劇や「歪んだ」愛情を受け入れていく。
船戸先生の素晴らしいところは、すべての登場人物が繊細で緻密な人格・感情を持っており、誰一人脇役がいない。冬の物語の主人公であるライナスやその母グレース、アーサー、妻アンナ、貴族の息子たちや使用人にたちすべての登場人物がそれぞれの楽しみ、悲しみ、悩みを抱えており、19世紀イギリス的な価値観から現代的な価値観の両方の中で人生を送っている。
まだ未完でありネタバレにもなるので筆を置くが、興味を持たれたら是非ご一読していただきたい作品である。