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貧困ってなんなのか?炎上中のNHK貧困女子番組についてのまとめと考察

NHK貧困女子番組への反応と考察

今ちょっと話題になってる、貧困女子が貧困じゃないとか散財してるとか炎上してる件、なんか炎上内容が変だなと感じたので考察してみた。

NHK貧困女子番組炎上の大体の経緯をすでに知ってる人は、ココまでスキップ。

『貧困女子番組』って何?

↓ これのこと (2016/8/18頃、NHKで放送)


子どもの貧困 学生たちみずからが現状訴える

 

簡単な要約

  • 『子どもの6人に1人が貧困』である
  • 貧困層の女子高生に取材
  • 「母子家庭」「自宅にエアコン、PCがない」などというエピソードを紹介
  • 趣味としてアニメグッズを集めたりしている部屋が映される
  • 県か何か?の会議で貧困層代表としてスピーチ。「専門学校に行く夢を貧困のせいで諦めざるをえない」、「あなたの当たり前は当たり前じゃない人がいる」

上の番組に対し、twitter/ブログなどで炎上

炎上要約

  • 貧困女子のtwitterから、アニメグッズやコンサートなど趣味で散財している様子を取り上げ、貧困とは言えないと指摘
  • NHKはヤラセ・捏造しているという意見まで出始める
例 (2016/8/21 16:40頃のgoogle 検索キャプチャ)

f:id:shtoma:20160821164144p:plain

 

togetter.com

 

netgeek.biz

 

片山さつきも乗っかる。

 (上記のキャプチャ)

f:id:shtoma:20160821163057p:plain

  

考察 

そもそも貧困の定義って何??

貧困 - Wikipediaや、厚生労働省の定義などいろいろあるようだが、ここではその深入りが目的ではないので詳述は避けたい。

他人のふんどしで恐縮だが、こういう面白い意見を発見。

mubou.seesaa.net

 

貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」の二種類があります。絶対的貧困とは、「必要最低限の生活水準を維持するための食糧・生活必需品を購入できる所得・消費水準に達していない」こと。

 

一方、OECDが定義している「相対的貧困率」は、「等価可処分所得の中央値の半分の金額未満の所得しかない人口が全人口に占める比率」のことを指しています。

 

(参考:国民生活基礎調査(貧困率) よくあるご質問)

 

で、これもみなさんよくご存知だと思うんですが、相対的貧困の家庭が、「目先の散財」をしてしまうことは全く珍しいことではありません。むしろ、収入的に長期的な展望が持てないからこそ、目先の短期的な散財をしてしまい、それが余計相対的な貧困の度合に拍車をかけてしまう、というのは実によくある話です。(エンゲル係数の高さが貧困と相関がある、なんて話はよく出てきます) で、これが嘘かどうかは、可処分所得が分からないと判明しません。

全く同意。一時的な散財ができる = 貧困ではない、というのはどう考えても論理の飛躍かと。

 

ただ、炎上しているのにはまた別の原因も考えられる。

それは、貧困女子の貧困具合が「まだマシ」であり、下を見ればもっと貧困に苦しんでいる人がいるはず、というのが目に見えるからではないだろうか。

例えば、彼女はバイト代を散財できる(自由に使える)状態であるが、貧困家庭の中には子供のバイト代でも家計に徴収し、子供が自由に使えるお金が全くないような家庭もあるだろう。

あくまで下と比べればの話だが、そういった家庭と比べれば彼女はまだマシな方であり、そんな彼女が貧困層代表としてスピーチしているのがけしからん、NHKはもっともっと貧困な家庭を見つけてその現状を貧困として報道すべき、という意識が炎上こメンターたちにはあるのかもしれない。

 

また、一連の流れを見聞きして思ったことがもう一つある。

番組が取り上げた「貧困女子」自身のお金の使い方は、果たして彼女が所属する世帯・家計が貧困であるかどうかと直接関係あるのだろうか?

貧困の定義次第ではあるが、貧困であるかどうかを決めるのは、彼女自身のバイト代の使い道(アニメグッズを買うかパソコンを買うか)ではなく、彼女の世帯の家計状況であるはずだ。

今回のNHK報道では、主な報道内容が貧困世帯の困窮した生活ではなく、その(おそらく)扶養家族である女子高生の意見や趣味にフォーカスが置かれていた。そのため、本来の番組のテーマである貧困のイメージがぼやけてしまい、彼女の「貧困さ」への疑惑が生まれた。さらに彼女のtwitterから散財具合が拡散され、この疑惑が強まり炎上した、という現象が起こったのではなかろうか。

 

経験的貧困

番組内での貧困女子のスピーチに

「あなたの当たり前は当たり前じゃない人がいる」

という内容があった。ここにもう一つの貧困定義が見て取れる。つまり、

  • 「他の人が当たり前にできること、当たり前に所有しているもの(好きな学校に進学できる、家にパソコンがある、など)がないという経験がある」= 貧困

である。

友達が持ってるゲームを持ってないとか、一昔前であればテレビ・冷蔵庫・洗濯機やcar/cooler/color tvの新旧三種の神器がうちにだけないなど、周囲と比べて自分だけ劣っている、足りてないという貧困意識。

これを仮に『経験的貧困』と名付けたい。

経験的貧困は、完全に主観的な内容で、その分子供でもわかるような明快さがあるが、とても曖昧でそれこそ言ったもん勝ちになる危険性もはらんでいる。

今回のNHKの番組の貧困主張の中心にあるのがこの経験的貧困であるとすれば、そもそも炎上したのは無理もないと言える。

  

まとめ

  • NHKは「貧困」をテーマにするなら、今回の番組の取材対象の女子高生は適切だったかはちょっと疑問。
  • 当番組の「貧困女子」の貧困度合いは(バイト代を家計に徴収されているような家庭と比べれば)まだマシな方と言える。しかし、そこだけ取って彼女の家庭が「貧困ではない」というのは言い過ぎである。
  • 本来「貧困」状況として注目されるべきは、彼女個人のお小遣いの使い道ではなく、彼女が所属する家計全体の貧困具合ではないか。 
  • 『経験的貧困』に基づく主張はわかりやすいが、あまり理性的とは言えない。