『ファクトフルネス』感想メモ、今のところ微妙

 

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

 

 

 

イントロダクション、1章「分断本能」

気になったとこ

・レベル1が10億人?

低所得国に住んでいる人は世界の9%、と言った直後にレベル1の生活の人が10億人(世界人口70億として、9%を明らかに超えている数字)と述べる。

読者、少なくとも自分は混乱した。数字は細かすぎても困るが、読んでて混乱しない程度に正確にしてほしい。

 

低所得、貧困への質問は回答者のイメージに依拠しており、例えばレベル1(仮に10億人)のみを低所得とみなすのか、レベル1-3(60億人)を低所得とみなすのかで答えは変わる。後半の「上からの景色」でこの点も問題提起しているが、後出し感がする。

 

低所得や所得レベルの定義説明より前に読者への質問を投げており、筆者独自のカテゴライズで正誤を設定している。恣意的な印象が否めない。

 

チンパンジーを例に出す意味

回答選択肢の数が3つの正答率がランダムだと33%であることを示すだけなのに、わざわざチンパンジーにバナナ選ばせる意図は何か。サイコロでもなんでもいいはずなのに。

高学歴な経済専門家と比べて注意を引いたり、読者を挑発したりする意図も感じる。

 

 

・ところどころでにじむ論破厨な感じ

「でも、あなたは完全に間違っていますよ」「世界銀行と国連がまとめた、異論の余地がないデータです。わたしは正しい。間違っているのはあなただ」

-> 統計元を比較する、疑う、批判するとかの態度が薄そう。

 

4章、恐怖本能

このような化学物質の話は、エリートたちの酒の肴にされるようだ。その食べ物のせいで亡くなった人はいないのに、赤ワイン片手に「怖いねえ」と語ったりする。

-> エリート嫌いのポピュリストなの?って思われそうなのでわざわざこういう書き方しなくてもいいと思う。

 

・文章の構成に違和感

テロ事件の数は世界中で増え続けている。しかし、レベル4の国に限っては、実はテロの数は減っている。2007年から2016年のあいだに、レベル4の国では1439人がテロ事件で亡くなった。しかし、その前の10年間には、4358人もの人がテロで亡くなっている。ちなみにこの期間には、2996人が亡くなった史上最大のテロ事件、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が含まれている。

それを除いたとしても、レベル4の国でのテロの犠牲者は、過去10年とその前の10年の間でほとんど変わっていない。一方、レベル1、2、3の国においては、...

レベル4の国でテロが減っていることを強調したい文脈で、911の数字を「除いたとしても」、という論理展開はおかしくないか?翻訳ミス?

しょーもない疑問から始める、Question Driven Learningを始めよう ~ 例題: 葉っぱのギザギザはなんであるの?

問題意識

弊社のグループやチームで、新しい技術を学ぶスピード、仕事に使えるだけの英語を学ぶスピードが遅い人が多い気がする。(自分のことは棚に上げつつ)

個人の能力の問題ではなく、学習方法や効率に問題があるのではないか?

楽しんで学ぶ、サステナブルな学習文化が身についていないんじゃないか?

という意識が常日頃からある。

 

何でそう思ったのかっつーと (前書き)

例えば英語を身につけたい人がいるとする。

参考書とか単語帳とかを買って、1日10とか100とかの単語をがんばって覚えようとする。なんちゃら英会話、を予約して1日30分しゃべってますとかしたりする。

 

ストイックな人ならそれを1年も続ければそこそこ語彙が広まると思うが、自分のように飽きっぽい人は3日も続けば良い方だと思う。途中で疲れたりつまんなくなったりしてさぼっちゃって続かないだろう。

 

一方で、友達の子供とかと話してるといつも圧倒される。

  • 道にある見慣れないものを指差してはWhat's that ?  Why ?
  • なんで?どうして?
  • これ作って!
  • 遊んで!
  • 遊んで!
  • もっと!

の嵐。

でだいたいお母さんとかにいい加減にしなさい!って怒られるパターン。

 

相手をしていていつも思うのは、自分ではわかってると思っていたことでも半分も説明できない。説明したところで理解してもらえてるのかのFBも薄い。説明用語も限られるし、実は大人でもそもそもわかってないことたくさんあるなと痛感する。

でも一方で、本来の学習ってこういうことだよな、といつも思う。

 

結局何が言いたいかっつーと (序論)

  • 疑問を大事にしよう
  • 疑問を深掘りする技術を身につけよう!

 

そもそも知識を身につける順序として、

「欲求(英語を身につけたい)」-> 「学習(本を買う、読み書きする)」

という流れは、よほど強い欲求でない限りはあんまり意味ない、というか長続きしないんじゃないだろうか?継続する仕組みができてないんじゃないか?と常日頃から考えていた。

  

じゃあどういう学習だと長続きするの?

結論から言うと、疑問持ってそれを深掘りしてけば、知識は勝手に身につくはず。

 

例えば?(TL; DR )

葉っぱがなんでギザギザなのか?という疑問に興味ない人はここ読まなくてもokです

結論までスキップしてください

 

外でタバコ吸ってたら、いつもは気にならない葉っぱがなんか気になった。

どこにでもある普通の葉っぱで、小学校の裏門に植えられている。

f:id:shtoma:20190106133800j:plain

葉っぱのギザギザ

よく見るとちょっとギザギザしてる。

* 以下青字は疑問

たいして珍しくもないが、なんでギザギザしてるのか気になったのでググって見た。

 

f:id:shtoma:20190106133903p:plain

ググった結果

academist-cf.com

 

この記事を見て見ると、こんな感じ

f:id:shtoma:20190106135338p:plain

知らなかった単語

* 以下赤字は知らなかった知識

「ペプチドEPFL」って何なのかそもそも知らないが、ギザギザと関係あるならちょっと気になる。

「鋸歯」、のこぎりみたいな形の歯。「きょし」って読むのも今知った。

 

EPFLとは、植物が持つペプチドの一グループで、最近見つかった物質

 

 

ペプチドって何?例のごとくググる

ペプチド - Wikipedia

2000年頃の高校の化学ⅠBの知識をちょっと思い出しつつ

f:id:shtoma:20190106140016p:plain

ペプチド結合

全然ぴんと来てないが、要はアミノ酸と呼ばれる形の有機物が繋がる際の形の名前?らしい。上の図の左のOHと右のHでH2Oになって、そこがなくなると同時にCとNが直接繋がり(脱水縮合?)くっつくシステムのようだ。

 

葉っぱがギザギザなのなんでなん?を知りたいだけなのにどんどん脱線して関係ない知識が身について行く。。。

 

wikiから最初のブログの記事に戻るとこう書かれている

今回、シロイヌナズナのEPFLのうちのひとつであるEPFL2という物質の機能を知るため、EPFL2を作れない株(変異株)を作製して、普通の株(野生株)との違いが何か見られないか、詳しく観察しました。その結果、野生株の葉には鋸歯があるのに、変異株の葉は鋸歯の無い滑らかな形をしていることに気づきました。つまり、EPFL2はギザギザした形を生み出す働きがあるとわかりました。 

やっと繋がった!EPFL2というペプチドの機能の一つとして、葉っぱをギザギザにする機能があるんじゃねーのかという説だった模様。

ここで納得して終われる人は終わってokだが、正直自分はまだぜんぜん納得してない。つまりどういうこと?

もうちょい読んでみる。

 

生まれたばかりの1ミリメートルに満たない小さな葉は、楕円形に近い単純な形をしているので、縁の一部が大きく出っ張るように成長しなければ、縁のギザギザは作られません。このとき、出っ張りの先端にだけオーキシンという植物ホルモンが蓄積して、先端部以外(裾野部分)ではオーキシンが蓄積しないという濃淡が生じます。

 

オーキシンて何よ

f:id:shtoma:20190106140957p:plain

オーキシンてなんなの

植物の成長を促す植物ホルモンで、ギザギザの先っちょにあるらしい。

 

どうやらこの記事は、ギザギザはどのようにつくられるのかという " How ?" には答えてくれたが、"Why?"には答えてくれなさそうだということにそろそろ気づく。

どうやら疑問のたて方にも問題があったようだ。

自分はWhyを知りたかったが、見つけた記事は

EPFL2のさらに興味深い点は、ほかの植物ホルモンのように、人工的に合成して投与できると期待される点です。たとえば、盆栽や他の観葉植物など、見て楽しむ植物や、レタスや水菜などの葉野菜にEPFL2を投与して形を変えることができるかもしれないと思うと、夢が膨らみます。

 と言う感じで、工学的な観点でギザギザを産業利用することに関心があったようだが、自分はそもそもなんでギザギザなん?植物側からギザギザになりたがる理由あんのか?というWhyに近い疑問だった。調べ方がよろしくなかった模様。

 

新たに身に付けたワード、「鋸歯」の役割でググってみた。

jspp.org

 

木の葉には鋸歯があるものがありますが、鋸歯の役割はなんでしょうか。光合成の効率をあげるためであるという解答を良く見かけますが、それ以外にも役割はありますか。
... 中略

【塚谷先生からの回答】
ご質問ありがとうございます。
一言でいうと、これは難問で誰も答を知りません。

まじかw

そんな難問だったんか

ごく近縁種の間でも鋸歯の形が異なっていることがあります。たとえば片方の種類は単純なギザギザの鋸歯、その近縁種は二重の鋸歯(重鋸歯という)を持っている、ということから見分けることがでできたりします。それでいて、両種の間で生えている場所がほとんど変わらない、混生しているというようなことも、よくあります。そういう例をいろいろ見ていると、鋸歯の形を種ごとにかたくなに守っている理由は、環境適応のせいとは思えません。不思議です。
ところが巨視的には鋸歯の有無と年平均気温と葉関係があることが知られています。化石の研究者の間では古くから知られている法則で、年平均気温が高いほどその地域に生える植物の中で、鋸歯が目立つものの比率が低くなるというものがあります。実際に現生の生態系でも、この法則が良く当てはまることが確認されており、化石の生まれた頃の年平均気温を推定するデータの1つとして使われるほどです。この理由は不明ですが、良い指標であることは確かです。
そこで古くから、葉の表面の温度を保つのに(冷えすぎないように、あるいは熱しすぎないように)するのに、鋸歯が何らかの形で関わっているという解釈が成されてきました。しかしそれにしては鋸歯の効果は微弱です。また上記のように同じ土地に生えていながら、鋸歯の有無に共通性の無いケースも見られます。
また鋸歯の先端にはしばしば、水孔というものが生じて、植物体内の維管束を通る余剰な水分を放出するのに使われます。この水孔がどれだけ必要であるかも、大事な要素という解釈もあります。これも関係はするでしょうが、それだけとは思いがたい面があります。

 温度が関係しているかも?説。ギザギザで表面積大きい方が涼しそうな感じ?確かに南国の葉っぱとかギザギザしてそうではある。

さらに私たちのシロイヌナズナを使った研究から、鋸歯は植物ホルモンのオーキシンのはたらきで作られること、最初のうちはギザギザがはっきりしているものの、後の成長で次第に滑らかになったりさらに目立つようになったりすることが分かっています。

 

また出たシロイヌナズナオーキシン

 

そんなことから、私たちは、鋸歯の形の多様性というものは、それ自身の形の多様性が大事なのではないのかもしれない、と思っています。むしろ、鋸歯形成に関わるオーキシンなどのさまざまな因子が、植物の体の他の部分でどれだけ必要かに応じて、それに引きずられてついでに形が変わっているという面もあるのではないか、と感じています。
一般論として、生き物の体の形は、必ずしも必然性からそうなっているとは限らず、特に良くも悪くもないので取りあえずそういう形を取っている、という事例が多々あると考えられています。
鋸歯も、ある程度は環境に対する適応や役目をもっているとは思いますが、細かな種間の差異に関しては、あるいはあまり特別な理由がないのかもしれません。
今後、若い世代の方々がこの謎にチャレンジしてくれることを期待しています。

 塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科)

一般論として大した理由なくてもまあそんな困らんからそういう形になっておるんじゃないかと。

最後は若い世代にチャレンジを期待すると。

若干モヤモヤは残るが、温度やどうやら東大の先生でもよくわからない難問だったということがわかった。

塚谷裕一 - Wikipedia 先生、ありがとうございました!

 

小まとめ

葉っぱは何でギザギザなの?という疑問から得られた知識

  1. ペプチド ( アミノ酸, 脱水結合 )
  2. EPFL
  3. 鋸歯
  4. オーキシン
  5. 鋸歯は周りの温度と関係あるんじゃないか説
  6. 鋸歯でもなんでも一般論として、大した理由なくてもまあそんな困らんからそういう形になっておるんじゃないかと。
  7. 塚谷裕一先生

 

まとめ

学習はこんな感じのステップを踏むと効率的なのではないか説

  1. 疑問を持つ ( 気になってモヤモヤする )
  2. 調べる ( 集中力と時間が必要 )
  3. 知識が身につきつつ ( 学習 )
  4. 疑問がスッキリする ( モヤモヤ解決して満足! )

所感

ギザギザの疑問持って写真撮ってこのブログ記事作るまでに、だいたい2時間くらいかかりました。

このステップのpros/consとしては

  • pros 
    • モヤモヤスッキリ、知識たくさん身につく!
  • cons 
    • 自分の中の疑問を見つけないといけない。
    • 「調べる」ステップがハードル高いのかも?グーグル力とか化学ⅠBとか前提となるスキルが実はそこそこありそう。
    • 時間と集中力が必要。
    • 一つの疑問がスッキリすると、また新たな疑問が生まれがち(なぜなぜ無限ループ) 

今後に向けて 

最初この方法をCuriosity Driven Learningとか名付けようかとかぼんやり思いつつも、どうせなんとかラーニングとかData Analytics/AI方面ですでにあるんだろうなと思ってググったら案の定あった。

robotのラーニング方式の名前として既にCuriosity Driven Learningというのがある模様。

https://cmpe.boun.edu.tr/~emre/papers/ICDL2007.pdf

 

自分が言いたかったのは組織の学習効率をあげたいということなので、ちょっと日本語英語っぽくてダサいがQuestion Driven Learning(仮)という名前にとりあえずしとく。

 

個人ではなく組織でこのQDL ( Question Driven Learning ) を広めるためには

  • 疑問を大事にしようぜカルチャーを作る。その疑問、大事だよ的な。
  • グーグル力とか、辞書の引き方レベルの基礎スキルを伝える
  • 学習するための時間と集中できる環境を確保する
  • 学習した結果を発表させる(疑問 -> スッキリ!の満足感を個人から組織に伝搬させる)

みたいなのを、いかに「楽しく」できるかが大事なのではなかろうか。

健康のためにもっとワガママ言っていいんじゃない?

個人の健康と社会は繋がっている。
健康に関する社会の役割とは、医療や保険、周りのサポートという意味でも もちろんだが、それに加えて個人がもっとワガママになれるか、それを許容できる社会であるのかが鍵である。
自分の体からは、痛みや違和感などの様々なメッセージが出されている。それをキャッチするのはまず体の持ち主であり、他者は自分の異常を間接的に知るにすぎない。
例えばお腹が痛いであるとか、咳がでる、だるいとか、上司や同僚とのコミュニケーションにストレスを感じるとか。ふとした体からのメッセージを見逃してはいけない。そこを自覚できさえすれば、多くの病が発症するより前に防げるのではないだろうか。
しかし実際に多くの場合、そうはならない。なぜなのか、それは社会環境に一因がある。
体調が少し悪いがこれくらいなら会社を休むべきではないとか、自分より体調が悪そうなあの人ががんばってるからとか、自分のちょっとした違和感で他人に迷惑をかけるべきではないとか。
「がんばる」「努力」「立派」という社会からの評価のために、個人のストレスの抑圧や過度の自制心を見いだそうとする社会を美とする限り、個人の健康は達成されない。もっと気軽に、だるいとかしんどいとかのメッセージを発信し、そこを直すことに気をまわすことを許容すべきだ。
個人の健康のためには、もっとワガママを言えるようになるべきだと思う。

(95年版)『打ち上げ花火、下から見るか横から見るか』

95年岩井俊二

95年てこんな感じだったな。役者の子供の喋り方がいかにも演技っぽい大人も似たような感じ。時代か。スラムダンクとかスーファミとかいかにも世代を感じる。と思ったらまさかのループもの。ゲーム的リアリズムそのまま、というか東浩紀これ言及してたっけ。

終わり方がイマイチ。そこは2学期始まって足の怪我の痕をさするなりして終わる、くらいでいいだろ。メッセージ性がわからん。

アニメ見たいとは思わなかった。星2

妻が亡くなって半年目の記録。忘れられない気持ちと、忘れようとする身体。

( %s/妻/ふみ/g )

 

半年前の今くらいの時間、ふみとの最期のLINEのやりとりが始まった。

 

今、少々複雑な気持ちを整理するために、ふみのことを思い出している。

こうやって意識的に思い出すといつも涙が出るが、普段の生活で思い出すことはあまりない。

もともとふみがいなくて当たり前だった時間や場所、たとえば仕事中や会社の人との飲み会、そこにふみがいないのは当たり前なので、そんなときに思い出すことはあまりない。

 

家に帰った時、一緒に入ったことのあるお店の前を通った時、デートしたことがある場所をテレビで見た時、寝る前。。。過去の思い出につながるとき、無意識にふみのことを考える。

 

しかしそんなときがあっても、最近は涙が出るほどつらくなることはほぼない。

そういったことを考えようとするとつらくなることはもうわかりきっている。「そういえばふみがあのとき。。。」と考え始めた瞬間、もう別の冷静な自分がその思考を邪魔しようとする。それを考えてもつらくなるだけだ、考えるな、と。そうしてふみのことを考える時間はどんどん少なくなっていく。

 

思い出したい自分と、忘れさせようとする自分がいる。

思い出すことがストレスになるなら、思い出さないことが「健康」で、「正しい」こと。極めて合理的である。

だからたまには、非合理的な、不健康な思考を外に出してみたい。そう思って今ブログを書いている。

 

 

# 記憶の仕組みについて

最近は論文や専門書を漁らなくても、ぐぐったらすぐそれっぽい記事が出てくる。

以下の記事はまだ出典が乗っているだけ(ほんの幾分)マシだが、何を根拠に書かれているのか誰が書いたのかわからない記事をすぐ引用するのは本当は避けたい。

re-sta.jp

 

2-7 忘れたいことを忘れる指示忘却

忘れるように努力することによって、特定の記憶をブロックすることは可能です。

必要なことは覚えておかないといけませんが、必要もないのにいつまでも覚えておくのは記憶効率が悪くなってしまいます。

また、積極的に忘れてしまいたい記憶というものもあります。

これも実験により、「忘れるように」と指示された事柄は、覚えるようにと指示された事柄よりも記憶の混乱が生じることが実証されており、意図的な忘却が可能であることがわかっています。

例えば、職場に行くと辛い経験を思い出すという人は、職場に行ってもその経験を思い出さないように努力することで、実際に思い出しにくくなるのです。

自分にとってのふみはまさにこの「意図的な忘却」にあたる気がする。

正直に言うと忘れたくないし、今でもふみに会いたい。必要か必要でないかと言われれば間違いなく必要な記憶で、ふみがいなければ今の自分はなかったと思う。

 

2-5 抑圧説

image無意識のうちに不快な記憶を排除する心理メカニズムを「抑圧」と言います。

例えば中学生時代はいじめにあって暗い時期を過ごした人は、中学生時代の思い出をあまりもっていないことが多いのです。逆に、それ以前の幼少期のことはよく覚えていたりします。

人間は、思い出すことによって恐怖や不安などを感じさせる事柄を、意識から排除して自分を守ろうとするのです。

 

 

と同時に、ふみは自分にとって辛い記憶になってしまっている。ふみの存在が「不快」であるという説明には断固として反対するが、思い出すとつらくなることは否定できない。

こうやって自分がふみのことを抑圧してしまうことを、本当に申し訳なく思う。

 

 # griefについて

大切な人を失ったときに起こる深い悲しみをグリーフと言います

www.huffingtonpost.jp

 

■ 私たちにできることとは?

グリーフの過程で最も大切なことは、自分のグリーフを認識し、何らかの形で気持ちを表現することです。そのためにできる方法をいくつかご紹介します。

・定期的にスーパービジョン(※)を受ける

・日記をつける

・音楽やアートを通じて気持ちを表現する

・信頼できる同僚に気持ちを打ち明ける

・「自分のための時間」をつくり、好きなことをする

・健康的な食事、充分な睡眠、適度な運動を心がける

(※専門家からの支援)

 

自分は日常的にグリーフに接するようなプロフェッショナルではないが、プロフェッショナルグリーフに対する知見はとても参考になる。

日記を書くことはあまり習慣になっていないものの、たまにこうやってoutputすることは悪くないと思う。

 

# 孤独について

toyokeizai.net

 

孤独であることがかっこいいという謎の価値観は、厨二病という言葉が今ほど市民権をもつ以前からあったようだ。

 

自分は孤独がかっこいいとは思わないが、孤独とは反対の「群れる」ことに対する嫌悪感はなかったというと嘘になる。大して興味ない話題に相槌を打ったり、組織の中で良好な関係を維持する必要があると言うだけで人に近づいたり近づかれたりするのは正直好きではない。ふみも似たようなところがあった気がする。

 

しかしながら、上記のような「孤独という病」を避けるためのリスクヘッジとして、浅く広い人間関係が有効であるという事実は認めざるを得ない。少数の人間だけと深い信頼関係を持つことは、そこがなくなってしまうと一気に「孤独という病」が襲いかかってくるという大きなリスクを負っていることになる。浅く広い交友関係を、少なくとも表面的だけでも身につけることを、「技術」として体系づけて教育する仕組みがあってもいいかもしれない。

 

 

妻を忘れたくない気持ち

ふみがいなくなって半年が経つ

ふみを忘れたくない

ふみが好きだった場所に行きたい

一人では行きたくない

ふみと一緒に寝たい

ふみと話がしたい

くだらない話や、真面目な話がしたい

ふみとゲームがしたい

ふみと家でぐだぐだしたい

ふみとデートしたい

ふみと旅行がしたい

一緒に漫画の感想を言い合いたい

自分の意見を批判して欲しい

変な服かどうかみてほしい

議論がしたい

一緒にでかけたい

ふみの好きなものを食べに行きたい

寒い季節に寒いところに行って、寒いねっていいたい

暑い時に暑いところに行って、あついー、っていいたい

 一緒にいたい

 

やっぱり涙が出る。

 

 

TBSドラマ『わたしを離さないで』感想

・クローンが臓器提供のために作られ、社会生活をしているという設定はやや非現実的

・死を前にした人々の感情描写や諦感、行動にはリアリティーあり

綾瀬はるかは普段あんまり好きじゃないが、ドラマ見てるとだんだんかわいく見えてくる不思議

・最後のシーンは見ていて辛くなったが、素直に感動した

・クローンに対する人権意識薄すぎ(=衆愚制を批判してる?)

 

時間あるときに追記予定。

 

「愚民社会」読書メモ

愚民社会メモ

学生時代好きだった大塚英志を久々に読みたくなった。

愚民社会

愚民社会

 
  1. 全ての動員に抗して (2011年)
  2. 歴史を忘却する装置として象徴天皇制(2003年)
  3. アイロニカルな構造自体を示したい(2004年)

の3部構成ではあるが実際は2011年の前半と、2003年・2004年をセットにした後半で二つの議題が分かれている。

本書の中で大塚は大半聞き役に徹しており、どちらかというと宮台のその時その時に考えていることを解きほぐすような感じだった。

 

挑発的なタイトルの通り、宮台・大塚が日本社会を徹底的に批判する。Amazonのレビューが低い理由がだいたい、この二人の「土人には無理」「僕が本当にいいたいことを言う前に、それを理解するのに必要な素養や教養を、まずはみなさんに身につけていただくしかない」といった言葉にあるようなエリート主義が鼻につく、という内容のようだ。

そこに噛み付く人は、二人の議論(読みやすいように編集はされているだろうが)をちゃんと理解できているのかが怪しい。こいつらよくわからないけど偉そうにしてる-> むかつく、と評価するのは簡単だが、それこそ愚民的な反応な気がする。

二人のエリート主義的記述はまったく重要ではなく、気に入らなければスルーすればいい。しょっちゅう脱線するように見えて、最終的には本筋に戻ってくる論点の一つ一つから学べるところは多いと思う。

全ての動員に抗して (2011年)

  • 宮台の戦略
  1. <任せて文句を垂れる> から <引き受けて考える>へ
  2. <空気に縛られる> から <知識を尊重する> へ
  3. <行政に従って褒美をもらう> から <善いことをして儲ける>へ
  • 昭和天皇の逝去で右往左往する日本人を「土人」と称した浅田彰
  • 大塚の見解「土人を動員してまで良い社会を作ろうとは思わない」
  • 「反抗期がない子供が増えている」

本来は、反抗期があるのが当たり前だった

-> 成長につれて大きな存在であった父親がしょぼいと気づく過程がすっ飛ばされている

-> なぜならば、父親が初めから大きな存在ではなくなっているから

明治維新の指導層の本音は尊皇開国だけど、倒幕の為に「あえて」尊王攘夷で下級武士を煽る、など

・「あえて」という逆説(逆接)は、若い人に通じなくなっている。順接しか理解されない。

 

小さな政府の人類学的見解。

アングロサクソンは家族ユニットが小さい。ラテン・ゲルマンは家族ユニットがおおきい。

->ラテン・ゲルマンが家族から調達する便益を、アングロサクソンは市場から調達する(家族・社会から受けられるサービスを市場に求める)

 

  •  バブル崩壊以降の売春名所と、2008年の自殺実態白書の自殺率が高い場所が重なる
  • 子供を作らないことを選択したことで、見えてくる震災後の母親の欺瞞

自分の体に放射能が飛んでくる生理的嫌悪感を、「子供を守れ」という言い方で正当化する

-> 子供を疎開させる運動でも、「よその子」を連れていくという発想がない。自分と自分の子供だけ。

 

  • 「右翼だから」「左翼だから」の陣営帰属、誹謗中に淫して中身を論じない「愚民視

共産党はずっとないことになっている。

・電力会社のやらせメール、震災や原発の危険性を赤旗でずっと前から指摘していても、まったく支持が増えない

・「暴力装置」と言っただけで極左扱いされる(民主党内の右グループにいた)仙石

 

・ファナティックな発言をする女性議員

・「強い女に引っ張ってもらいたい」系のヘタレ男子が求める女性像(母)。太宰治『女性』

・息子・夫が死んでもヒロイズムに酔う。子供を戦地に送ると言う「ワクワク」感

 

あ、これ抜粋しだすとキリがないやつだった。。思い出した時に続きメモります。